まんじろう、財布を拾う・2まんじろう、財布を拾う・2公園の茂みに俺が設置した「忘れ物保管所」、すなわち、木の根元に掘った穴に、口でくわえてた「財布」を置いた。普段はその日気に入った木の根元に寝るが、今日はここで寝る。ここからだと噴水も、ゴミ箱も見える。ついでだが、茂みの反対側には、お母さんの忘れ物が多い場所NO1のブランコやらすべり台や、ジャングルジムがあった。仕事が立て込んでるときにここで寝るのが俺の習性なのである。(つまり預かっている忘れ物が多いときだ。というのは、忘れたかも知れない場所に人間は一応戻ってくるからである。)。人間は毎日、公園に来るとは限らない。一度チャンスを逃せば、「忘れ物」は一生届けられない。だから、ちょっとでも距離を稼ぎたかった。仕事だもんな、俺のプロ根性って奴。 夜になったきた。公園の電灯が、機嫌よさげに輝きだした。昼と違い夜は、静けさだ。耳を立てると、遠くの家のテレビの声が聞こえてくるぐらいである。テレビの音も次第に少なくなり、逆に葉が揺れる音や噴水の表面が動く音だけになってくれば、かなり、夜になった証拠だ。俺の神経、尖っていた。緩急自在はモットーだけど、「財布」を拾ったのは今日のこと、興奮は冷めやらない。 興奮の針は始終、左右に揺れる。突然、音が大きく鳴ったとき、針は最高潮に達した。自ずと身体がくねる。鼻に匂いがまとわりつく。何かがくっついたようだ。「財布」と同じ匂い。 飛び上がって俺は、ジャングルジムに走った。 短い距離、よくわかっている場所。 だけど、凄く長かった。 走っている間、俺は口にくわえた「財布」を確認した。慌てて、忘れてないか。「忘れ物預かり係」が「忘れ物」をしては、プロのメンツにかかわる。 ああ、それから、どんな奴だろう、と思った。 困ってなかったか。「財布」は大事なものだろう。今、俺が届けてやる。 待ってろ。もしよかったら後でメシでも食わせてくれ、なんて。 ちゃんと、俺は「財布」くわえていた。 素早い動きもチャンとした。ばっちりだ。間に合う。 「クィイイン?」 間に合った。けれど俺は間抜けな声で鳴いていた。 おまえ、それって。 木の素材も生かしたなかなか立派なジャングルジム。頂上はちょっとした展望台、子供がよく、お母さんに手を振っている。そこの手すりから垂れている一本の紐。先は「わっか」になっていて、人間の頭が入るカタチになっていた。 人間の頭って。おいおい。 「財布」の主は、「リス」に顔が似ていた。 動物の「リス」ではない、あの「リストラ」のリス。年輩の方のサラリーマン。顔カタチが似ているんじゃなく、匂いが似ていた。「財布」に染みこんだ匂い、煙草と乾燥した空気のパサパサした感じと、コーヒーの匂い、後、なんだろう、同じような年齢の人間特有の、濃い体臭。 「おまえ、その財布・・・。」 男はやっと「財布」に気づいた。俺にもやっと余裕が生まれる。しっぽを振って、「財布」を地面に置いた。そうだ、おまえのだ、どうだ、嬉しいだろう。はやく済んでよかった、見つからないと、眠れない夜を幾日か過ごす羽目になったんだぞ。 「ああ、それ、もういらないから捨てたんだ。結局、競馬ですっちまったからな。」 がび~ん、と。 擬音が頭に鳴り響く。驚きの驚愕の驚異の発言。「財布」がいらないだとお。 がび~ん、が鳴り響く。もう、かなり強烈に。 なあ、おまえ、まさか、だろ。 丸い「わっか」。ゆっくり男はジャングルジムをよじ登る。薄ら笑いを浮かべて。 「犬にでも見送ってもらえて良かったとしよう。」 見送る?違う、俺は見送りに来たんじゃない。なあ、その「わっか」に首入れたら、おまえ、息苦しくなるんじゃないのか?息苦しくなったら、空気吸えないぞ。空気吸えなかった息、出来ないぞ。息出来なかったら・・・。 「ウワアン!」 おい、よしてくれ。 おまえが死んだら、「財布」を渡せなくなるじゃないか。 俺の仕事、どうなるんだ? 「ウワアン!」「ウワアン!」「ウワアン!」「ウワアン!」 夢中で吠えていた。めったに吠えないこの俺が。 だってそうだろ。 俺は「忘れ物」を届ける仕事をしてるんだ。それが俺の仕事なんだ。 そやって、毎日を過ごしてるんだ。 そやって、生きてるんだ。 そやって、そやって。 だから、ここでおまえが死ぬと、俺は仕事にならなくなっちまう。死ぬなら、「財布」を受け取ってから他でやってくれ。 「止めてくれるのか?」 男は俺を見下ろし、眉を八の字にしている。泣きそうな顔をしている。くしゃくしゃにして、頭を不思議そうに曲げて。 「ああ、そういうことなのか。」 今度は納得顔。全く人間の考えることはわからない。 男はジャングルジムから手を離した。目が潤んでいる。俺をじっと見て。 気色悪い。女ならともかく、男。 「もう一度、この財布を金でいっぱいにしてみろ、とおまえは言ってるんだな。」 はあ? 俺も首を傾げた。男の顔を覗き込んで。 「そうだな。」 男の視線、俺の高さになった。座り込んで、俺の頭を撫でる。つい、媚びてしまうのは、餌をもらうために身に付いた処世術って奴だ。 「やっぱり、そうか。」 いや、そうじゃなくて。 俺、「この財布を金でいっぱい」とか言ってない。言ってないってば。 そう、満面の笑みされても困る。 言ってないってば。わかるか?わかんねーだろうな。 けど、まあ、良かった。 俺の顔の前に男の手が伸びる。よれよれのスーツから、煙草の匂いがした。 そして、茶色の「財布」を手にした。 仕事、完了。充実感。このために、俺は仕事をしている。 俺が決めた仕事を。ついつい、しっぽを振ってしまった。 「がんばれ、と言ってくれてるのか?」 だから、違うってば。 やってらんね。 「ああ、ゆっくり腰を据えて仕事を探してみるさ。」 しっぽで男の言葉を聞く。それには俺も頷いた。 死なないなら働くことだ。仕事はいっぱいある。スーパーの袋を抱えた主婦は、家で料理をしている。「リストラ」の「リス」は、「家庭菜園」をしていた。「トラ」はパチンコをして稼いでいる。なあ、「傘」をよく忘れる奴は、「読書」に夢中になっていたし、ラブラブカップルは恋をしていた。この公園を有名にした歴史小説家は、ここで思索に耽っていたと言う。だから、公園はいつもキレイだ。何かをしていれば、巡り巡って何かになる。 とりもなおさず、大仕事は終わった。 一番お気に入りの木の下に蹲る。土の感触が気持ちいい。 褒美はない。強いて言えば、いい仕事をした後はいつもぐっすり眠れる。今日もたぶん、よく眠れるだろうと思った。【終】 |